好きなことで生きる人が「やりたいことはがむしゃらにみつける必要はない」という理由

スポンサーリンク

おすすめ情報

★笑っていいとも 似顔絵マスター選手権2度優勝★ 似顔絵師しんのすけが教える7ステップ楽しい似顔絵講座

たった7ステップで・・・、これなら私にも似顔絵が簡単に描けるようになるかも!!

わずか3ステップでそっくりに描ける デジアナ似顔絵上達法

「これはすごい!」あるコツを知るだけで、誰でも簡単に似顔絵が描けるようになります。そのヒミツは、公式サイトでじっくり読んでみて下さいね。

写真を1週間でプロ級油絵に描く方法

いまは、もう、なんでもデジタル。パソコンが使えないと仕事も趣味も楽しめません。どうせなら、パソコンを使いながら、油絵の創作にチャレンジしてみませんか?

好きなことで生きる人が「やりたいことはがむしゃらにみつける必要はない」という理由

好きなことで生きる人が「やりたいことはがむしゃらにみつける必要はない」という理由

好きなことで生きる人が「やりたいことはがむしゃらにみつける必要はない」という理由は、やりたいことはいつでも見つかるという自己暗示をかけているのではなく、本当にあるけれど、それが潜在化して見えない状態でいることが多いから、それを探すのではなく、そのやりたいことをひたすらやってみればいい。とにかくやってみろ!ということですね。ですが、やりたくないことをやらなければならない状況下では、潜在意識は、やりたくないことを押しやってまで、やってほしい!と思っていることですから、潜在意識がいやいややっているのです。では、やりたくないことをなくすためには?やりたくないことはやらずに済ませる!というのは確かにそうかもしれません。

ですが、やりたくないことをしなくちゃならない場面はそうあるとは限りません。そこで、潜在化しているやりたいことを、潜在意識ではなく顕在意識が目覚めた状態で探すしかない!というパラドックスが生まれてきます。

やりたくないことをしなくちゃならなくなった時に、潜在化しているやりたいことを見つければいい。ただそれだけのことです。

やりたくないことをしなくちゃならない場面には必然的に、やらなくてはならないことが山ほどあります。

好きなことで生きる人の「やりたいことはがむしゃらにみつける必要はない」という考え方のポイント

好きなことで生きる人の「やりたいことはがむしゃらにみつける必要はない」という考え方のポイントは、とにかく思いつくまま好きなことを無心にやれる時間を作るということです。ただ、この「好きなことを無心にやれる時間」を作れるようになるためには、「徹底的に空っぽ」になることが求められます。「何もかもが…」と思っている暇があれば、とにかく心ある、心を動かす、自分の情熱を100%つぎ込めることに取り組むべしということです。

この意味からも、やりたいことがないという人は、「好き」という気持ちを持つことからはじめてください。好きが実は好きなことで、やりたいこととは、好きになったその後でわかるものだからです。

もし「好き」という気持ちに無自覚な人の場合は、今からでも大丈夫ですので、探してみてください。また、最近「自分探し」が流行っていますが、そういう本などとは関わりを持たず、今の自分の頭で考えていることだけを手がかりに、いま自分の心が動かされることから見つめてみてください。

自分が好きなことであれば、「ワクワクすること」です。

好きなことで生きる人の「やりたいことはがむしゃらにみつける必要はない」という考え方のメリット

好きなことで生きる人の「やりたいことはがむしゃらにみつける必要はない」という考え方のメリットは、それだけじゃない。もちろん「やらなくてはならないことを全力でやり尽くす能力」が求められることも事実ですが。ただ、そのことが、誰かの可能性を広げたり、本来自分が持っている能力や新しい能力を押し上げたりすることはある。

逆説的ではありますが。僕はこの考え方が大好きです。そして、結局それが「大前提」なんです。それを「こうあるべき」「こうでなくてはいけない」なんて感じで重箱に突っ込むのもアレなんで。そこまで完璧になんて、なかなかならないと思いますしね。

何でもかんでも「べき・ねばならない」で縛っちゃうと、息がつまることもあるかと。だからその方のことをどうこう言いませんが、もし僕がいま「人に優しくできない系」の自分が「でへへ…」っていうのを我慢して、それでも行動したとする。そうしたら、多分幸せにはなれない。

そりゃ、僕だって。そのタイミングを見て、無理やり自分の感情を引っ張り出して「自分がそうなっている」ようにさせようとしても無理がある。

タイトルとURLをコピーしました